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雑記


晴れやかな日に空気が澄んでいて冬はもう始まっていて、中学の頃を思い出す。朝に自転車で上り坂の最中、必ず鼻が痛かった。涙目になりながら通っていた。今でもその坂を上っているけどマスクしているしそんな思いはしていない。電動自転車だし楽に進めている。いや、だいぶバッテリーもヘタっているからスイスイは進めていない日もあったりなかったりなんだけど。

電動自転車というと「おばちゃんじゃん」ってよく言われる。楽をしたいのだ。ただそれだけ、その一心が数年前から切実になってきていて、ただでさえ精神が摩耗しやすいのに身体まで疲労困憊したらあっという間にラジカセと犬連れて散歩みたいになりそうで。ジャージ着て。自分にとって理想的な年の取り方は健康第一。朝起きてもどこも痛まない。気だるさはあっても痛みだけは願い下げ。

嫌なことが年々増えては減ってで、増えたのは今までの気に入らんことがランクアップしたもので、減ったのはちょっと引っかかっていたことがどうでもよくなったとかで。穴は狭く深くなっていってるような感じだ。的を絞れているからいいんだけど、良くも悪くもどうでもいい事が増えた。

今年もそろそろ終わりが見えてきてやっぱり心地いい。終わりが見えることが昔から好きで、ゴールがあるから走れるっていう。わりと日々色々なことに頭を使っていてそれは皆そうなのだろうけど、日々考えていることは目的もなくゴールもなくその瞬間だけに活きるもので、そんな中でずっと息を続けていて当然になっていて、今それを振り返ってみても悪いものではないと思えるし自然な形で。
やはり長々と何かを綴るようなものは向いていないのかもしれない。取り留めのない話や突発的な事故みたいな発想で、何も用意されていない状態からその時にだけ生まれるもの、出来たらそれでおしまい、残す残さないはどうでもいいという考えで、だからどうにも記念という言葉に何ら興味が湧かないのだろう。自分だけが分かっていればそれでいいが、残すということは誰かの為に、ただそれだけなのだろう。
そう考えるとこの世にある、ありとあらゆるものは優しい。誰かの為にの塊でこの世の中は満たされている。世の中捨てたもんじゃないなって思っていたこともあったけど、今となってはお前が今まで捨てていたんだろって思う。

師走。エヴァ観に行ったなってこれから先も思い出す。桜流しが耳で木霊している。