読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

雑記

綺麗なだけのものが全てだという、マスクをしていると自分の呼吸の温もりと喉が乾燥しないことに健やかさを維持できるような希望を抱く、抱きながら夜の道を走ることが常。

冬は眠く、一年中眠いというのも嘘ではないけども、冬は特に自主的に眠ろうと身体が働くというか。寝ていない寝ていないと言う人が居るけど一睡もしていないなんて信じられない完徹とかしたことない、もうただ自分の不調を言いたいだけの事でわりと皆当たり前に嬉しいことよりも苦しみを口に出していて、それでも程度としては言っても支障ないだろうぐらいのもので本音は腹の底で煮込んでいて、たまに「こんな事を誰かに言えたのは初めてだよ」と、それは以前にもそして今後も何度か使う初めてなのだろう。嘘?いや忘れているだけ。嘘の体裁なんて守られないほどに嘘を重ねてきているから何が嘘なのか分からなくなっていて罪悪感なんて感じることがない意識がないんだから、無意識は罪なのだろうかね?問われない罪なのだろうね、それは純然なものだから誰かとの関係を潤滑に保つための必要悪みたいな、物は言いようでキレイキレイしているものだから何も悪くないね誰も悪くないね生きるためにしたことの理由なんて突き詰めれば正しくないことも多い。
正義とか悪とかそれ以外のあれやこれやで色んな狭間で揺さぶられたいっていう、コップの水が揺れて縁から跳ねて零れ落ちるみたいなあの感じ、あれを体現して生きていたいっていうそれだけ、人っていうものを省みたときにそうあるだけ、きっと本質に形はない。どうにもこうにも絶え間なくタプンってしているもの。タプンツェル。何これ面白くない。

一つの偽りもない日差し、外気、紅葉、その他もろもろ。きっと穏やかさの中で満たされるものはあるが一方では垢がついて錆びついていく、どちらかを取るっていうその二つに一つに今もなお悩んでいる。三つめが欲しいのに。どちらでもないっていう時にどうしても三番目の発想が生まれてこないこの瞬間はよくあることで、出来うる限りこれを少なくしたいっていう。これに尽きる。
全然関係ないけど昔床屋さんをバーバーとか言っててそこの店主の奥さんはもうお婆ちゃんだったからバーバーと子供が婆ちゃんに言うバーバが一緒くたになって今俺の顔剃りしてくれてるのはジージだけどなとかニヤニヤしてたら顔切られてキャラメル貰って帰ったことがあったキャラメルで歯取れたことあったから好きじゃないのになんか自業自得みたいで言えなかった気の弱い子供だったからその分今こうしてこんな取り留めのないもん書いているような、当時の反動?必然的な流れ。ちょっとラフにやってってる、最近は。